
2017/07/05
みなさん、こんにちは。
今年はやけに早く梅雨入り宣言したなと思いましたら、案の定、宣言後はいい天気が続いてしまいましたね。予報はあえなく空振り三振という感じです。
お天気続きというのは建築工事には大変ありがたかったのですが、水源用のダム湖や、田植えを終えた水田などでは、かなりのピンチ的状態のところもあったようです。やっと最近では梅雨らしくなってきたようですが、例年のような梅雨末期の集中豪雨だけは絶対空振り三振になってほしいものです。
最近のニュースを見ていると、結構、弁護士がらみの事件が多々あるように思います。いつ頃からだったか弁護士を増やすとしてから、末端の弁護士の質がかなり落ちてきたのかなと感じますが、人を救うことが職業の弁護士が犯罪を犯してはシャレにもなりませんね。
それも自分の金を稼ぐためとか、全く倫理観も正義感もないような感じで、よく弁護士になれたなあと思います。末端はどの世界でもそんなものかもしれませんが、逆に先端にはもちろん、弁護士の鏡というか正義感の塊のような人も存在するわけでして、これから紹介します中坊公平さんもまさにそんなお一人と思います。今年の春に逝去された時の新聞コラムからです。
体の弱い、金持ちのぼんぼんで、落ちこぼれの寝小便たれ。大学に入ってからも、友人から年賀状
一枚も来ない。社会派弁護士として鳴らし、八十三歳で逝去した中坊公平さんは「弱虫」だったという。
父と同じ法曹の道を歩んでからも、後年の「平成の鬼平」というイメージには程遠かった。社会問題に興味はなく、ビジネス一辺倒。経済的には成功し、少年時代の劣等感も克服したと思っていた。
そんな中坊さんを変えたのが、森永ヒ素ミルク中毒事件だった。国や企業からは「解決済み」とされ、 黙って後遺症に苦しむ被害者を救うために、裁判で闘う。その弁護団長になるように頼まれた。
国や企業相手に左派の弁護士たちと一緒に闘えば、ビジネスに支障が出かねない。父も辞退を勧めるだろうと相談すると、一喝された。「そもそも赤ちゃんに対する犯罪に右も左もあると思うのか。お前は昔から人様のお役に立つことがなかった人間やないか。引き受けるのが当たり前や」 この訴訟で中坊さんが気づいたのは、何の救いの道も見いだせぬ人の絶望感だった。
母親たちは国や 企業への恨み言を封印し、毒入りのミルクをわが子に与えた自分を、ただ責め続けていた。
弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた、と中坊さんは述懐していた。
救われたのは彼らではなく、自分だったと。
以上です。
全く意外でしたね。あの、債権回収機構を率いて一歩も引かなかった中坊さんが、子供の頃は弱虫で、 若い頃は、社会問題に興味のないサラリーマン的弁護士だったとは。経験した環境がそんな人間を変えるきっかけになったかもしれませんが、やはり元々体の中には、弱い人たちを黙って見過ごすわけにはいかぬという強い正義感のDNAがあったのだと思います。
今現在も、沖縄の米軍基地問題や福島の原発事故の問題、原発の再稼働問題など、あちらを立てれば こちらが立たず、というような難しい問題ばかりが山積しています。裁判所も、専門的な問題などはかなり勉強しないと判斷のしようがないというものがありますが、とにかく大変ですね。
最近は、裁判員制度なるものができて、一般人である自分達もいつ裁判所から呼ばれるかわかりません。私としては、もし裁判員になったら、殺人事件の場合、とにかく一人でも殺意をもって人を殺した者は、死刑にするという考えです。
ちょっと単純かもしれませんが、殺された人や遺族の無念さからいえばそれしかありません。命を償うには命しかないということです。はっきり証拠がなくて、やったかやってないかわからないときは難しいですね。無実の罪を着せては取り返しがつきませんから一番難しいところですね。
もうはっきりと犯罪を犯したことがはっきりしているのに、裁判のなかで弁護士が屁理屈を並べて犯人(被告)を無実だとか、刑を軽くさせようとするとか、ニュースなどで聞いていて腹立たしいことがあります。オウム真理教の麻原彰晃(松本千津夫)なども、弁護士がやたら裁判を引き伸ばししたりとかありました。死刑確定なのになかなか執行されず、刑務所が満杯というのも、餓死する人もいる世の中で何か税金の無駄使いだと思う人もたくさんいるようですが・・・。
人が人を裁くというのは、大変に難しいことですので簡単には言えませんが。(もう言っちゃっているかもしれませんが・・・)どちらにしても、私のような単細胞の頭脳の持ち主では法曹会にはちょっと向かないというか能力的に無理ですね。
これからいよいよ夏本番です。どうか熱中症など充分お気をつけ下さい。
