
2023/02/20
やっと温かい季節になってきました。今年の冬は寒かったですね。雪も結構降りましたし。
何より、コロナ禍で世界中が行動制限された暗い世相の中で、ロシアがウクライナに侵攻し戦争を始めたことは、世の中をより寒く暗くしてしまいました。まさに狂人が始めた狂気の沙汰であり、何ともいえぬ憤りを禁じ得ません。連日のニュースでウクライナの爆撃された様子や大勢の避難民の様子を見るにつけ、何とかならぬのかという何とも言えぬ無力感、やるせなさを感じます。こうした国際紛争に対して、国連というのは全く機能しないというか無力ですね。一国の反対があれば何も決議できないという安保理の仕組みでは肝心なことは何も決まらないし何も解決できません。
たった一人の狂った他国の指導者によって、独立した一国の平和や国民の命が奪われるというのは何とも理不尽極まりありません。それにしても、ロシアというのは昔から卑劣な国ですね。日本の北方四島にしても卑劣な手段で奪っておいて当然のような顔をしています。クリミアでも今回でも同じように平然と侵略を繰り返しているわけです。いったいプーチンというのはどんな人物なのか、今回はプーチン大統領を紹介したコラムがありましたのでご紹介したいと思います。
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1999年、ロシアのエリツィンは大統領を辞任発表。
後継の大統領として指名されたのがウラジーミル・プーチンであります。
プーチンは1952年、レニングラードの生まれ。父親は機械技師、母親は工場の労働者で、決して裕福な家庭ではなかったと言われています。
そんなプーチンだが、幼少期から近所でも評判の「悪童」。しかしそんな彼を救ったのが柔道との出会いであったとされています。プーチンは柔道にのめり込む中で「更生」したと言われていました。
レニングラード大学の法学部を卒業した後、ソ連国家保安委員会(KGB)に勤務、情報将校を育てるための士官学校である対外情報アカデミー(KGB赤旗大学)でも学びました。
1989年、「ベルリンの壁崩壊」の時には、KGBの諜報員として東ドイツに滞在していました。東側陣営が解体していく様を、最前線で目の当たりにしていたと言われています。
その後、祖国に戻ったプーチンは、サンクトペテルブルグ市の対外関係委員会や第一副市長などの要職を経て、中央政界に進出。ロシア大統領府で監督総局長や第一副長官などを務めました。
大統領となったのは2000年のことです。以降、「垂直の権力」と呼ばれる強権体制を構築していきました。
そんなプーチンですが、元KGBというだけあって、「歩き方」から違うとか、プーチンは歩く際、右腕の振り幅が左腕よりも小さいが、これは「銃を素早く抜くための歩き方」なのだと言われています。
KGBの工作員時代に徹底的に叩き込まれた歩き方らしいです。
私生活では柔道の他、ピアノが得意でその腕前は、周囲が驚くほどと言われています。
また本人が語ったところでは、
「インターネットはほとんど使わない」「スマートフォンも持っていない」
とのことらしいです。もし本当ならばツイッターを駆使していたアメリカの前大統領トランプ氏とは極めて対照的であります。
2018年3月には大統領選に勝利。通算4度目の当選を果たし、2024年までの長期政権を手中に収めました。首相時代を含めれば、実に四半世紀にわたって権力を握っています。
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以上です。
ロシアの一般国民は真実を知らされていません。情報統制が敷かれているわけですが、結局は内部から現政権・指導者を倒して方向転換しない限り、狂ったまま進んでいってしまいます。中国も北朝鮮も同様ですね。もうアメリカは世界の警察ではなくなってしまっていますし、所詮地球上の同じ一国です。やはり、国連を強力な組織にして世界を治めるようにするしかないですね。国際警察や国際軍隊を組織して、国際社会を取り締まる、一国には軍隊を置くことを禁止する、しかしその国際組織をどのようにつくるかが一番の問題ですね。痴呆がかった頭でいくら考えても解決策は浮かびません。腹が立つばかりです。
何とかプーチンが早く過ちに気付くか失脚するか突然死して、一日も早くウクライナに平和が戻ることを祈りたいと思います。それでは、平和な日本に感謝しながら健やかにお過ごしください。
ガンバレ!負けるな、ウクライナ!
